渋沢栄一って誰?何をした人?経歴や職業!子孫や生家がすごい!本『論語と算盤』の内容も紹介

今回、日本の新一万円札の顔に決定した渋沢栄一。

彼のことをあまり知らない
という人も多いのではないのでしょうか。

そこで、今回は
渋沢栄一は誰なのか、何をした人なのか

経歴や職業
子孫、家、著書『論語と算盤』などから
詳しく紹介していきたいと思います!


渋沢栄一って誰?

今回、日本の新一万円札の顔に決定した渋沢栄一。

新一万円の顔になるって
どれだけすごいことしたの!?

と疑問に思いますよね。

渋沢栄一は、一言で言うと実業家です。

彼は多種多様な企業の
設立・経営に関わり

日本資本主義の父

と呼ばれています。

では、彼は具体的に
何をしたことで功績が認められているのでしょうか。

渋沢栄一は何をした人?

渋沢栄一は簡単にいうと
たくさんの会社を作った人です。

渋沢栄一が設立・経営に関わった会社は
なんと1000以上に及びます!

その中でも大きく関わったとされるものを一部あげると

みずほ銀行
いすゞ自動車
太平洋セメント
清水建設
第一三共
損保ジャパン日本興亜
朝日生命保険
キリンホールディングス(キリンビール)
東京製綱
大平洋金属
サッポロビール
三井住友海上火災保険日本製紙
東京ガス
帝国ホテル
KDDI
ダイワボウホールディングス(大和紡績)
大日本製糖(大日本明治製糖)
三井製糖
三菱重工

 

などなど
超有名な日本の大手企業ばかり

もうこの人が日本の
大手企業を作ったといっても過言ではないどころか
実際にほとんど作っているのです。

すごい人ですね…

これは確かに一万円の顔になる人です。

いやー、すごい!

渋沢栄一の孫は?

渋沢栄一の孫は
現在92歳の鮫島純子さんがいます。

1922年、大正11年東京生まれの方です。

彼女は、実業家などではなく
一人暮らしで講演活動などを行なっているそうです。

鮫島純子

デザイン的に少し怪しげな講演ポスターに見えますね(笑)

この画像だと怪しい雰囲気が漂うので
鮫島純子さんの普通の顔写真を貼っておきます(笑)

渋沢栄一の孫

講演の内容としては

「政治・外交ではなく、私たちでもできる世界平和の祈りを!」

「キリスト教の洗礼を受けたものの、心から実践できない自分を発見した」

などなど
結構実業家とはかけ離れた感じです。

意外ですね。

家系にある分野で素晴らしい功績を残した人がいると
その功績とは真反対の方向に進んでしまうものなのでしょうか。

渋沢栄一の生家がすごい!

渋沢栄一の家は
もちろん立派で素敵なお屋敷です。

現在は

「渋沢栄一生地(中の家)」

といわれ
深谷市指定史跡・埼玉県指定旧跡に指定され
一般公開されています。

こんなお屋敷です↓

渋沢栄一の生家

素敵な家ですね!

渋沢栄一の職業や経歴は?

渋沢栄一は実業家として有名ですが
実は幕臣、官僚、教育者でもありました。

渋沢栄一は徳川慶喜の家臣・幕臣でした。

幕臣(ばくしん)とは
幕府の長である征夷大将軍を主君として使える武士のことです。

渋沢栄一は徳川慶喜の幕臣になった際に
パリで行われる万国博覧会(1867年)の際にフランスへと渡航。

この時に、ヨーロッパの経営システムなどを学びました。

帰国後は官僚としては改革案の企画立案や
度量衡の制定や国立銀行条例制定に携わったものの

予算編成を巡って他の官僚と対立し退官。

その後、企業設立・経営に携わり
実業家として活躍します。

さらに、社会活動や教育にも熱心で
実業教育や様々な社会活動にも関わりました。

本当に素晴らしい人物です。

功績も人格も優れた
まさに一万円にふさわしい人です。

渋沢栄一の著書『論語と算盤』の内容は?

素晴らしすぎる渋沢栄一の代表著書は『論語と算盤』。

内容としては

人間は「論語で人格を磨くこと」 と「資本主義で利益を追求すること」 の両立が大切

と説いた教育論です。

渋沢栄一、素晴らしすぎる…

利益の追だけではなく
人格を磨く必要性を説くなんて…

実業家というと利益を追求するイメージですが
人間性の向上も忘れない渋沢栄一

ぜひ日本の一万円札になってください!!!

渋沢栄一のプロフィール

渋沢栄一

名前    :渋沢栄一(しぶさわ えいいち)
生年月日  :1840年3月16日(天保11年2月13日)
出身地   :武蔵国榛沢郡血洗島村(現埼玉県深谷市血洗島)
死没    :1931年11月11日(満91歳没)
職業    :幕臣、官僚、実業家、教育者